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ブロックチェーンと形式検証
~ Tezos の場合
Jun FURUSE/古瀬 淳
PPL 2022, Japan, 2022-03-06

ブロックチェーンとは…

  • Bitcoin
  • 暗号通貨
  • 投機、相場
  • アナーキー、詐欺
  • 反環境、制裁逃れ…

もうすこし CS 的に

ブロックチェーンとは:

汎用分散データベース

  • 台帳方式
  • 分散環境
  • オープン・ネットワーク、非中央集権制
  • スマートコントラクト

台帳方式

変更履歴集積としてのデータベース (like 銀行通帳, Git)

  • \(S_i\) : ブロックチェーン状態
  • \(B_i\) : ブロック: 差分。Minerがトランザクションを集めてくる。
  • \(S_i = B_i(S_{i-1})\)

ブロックチェーン:

\[\mathtt{∅} \stackrel{B_{1}}→ S_{1} \stackrel{B_{2}}→ S_{2} \stackrel{B_{3}}→ S_{3} \stackrel{B_{4}}→ S_{4} \stackrel{B_{5}}→ S_{5} \stackrel{B_{6}}→ \cdots\]

分散環境

複数のデータベースノードが状態のレプリカを持つ:

  • 耐故障性
  • 負荷分散

衝突をどう解消するか?

ブロックチェーンでの衝突

チェーンが分岐する。どちらを選ぶか:


         \(↗︎\stackrel{B_{n+1}}→ S_{n+1} \stackrel{B_{n+2}}→ S_{n+2} \stackrel{B_{n+3}}→ S_{n+3}\)

\(.. \stackrel{B_{n-1}}→ S_{n-1} \stackrel{B_{n}}→ S_{n}\)

         \(↘︎\underset{B'_{n+1}}→ S'_{n+1} \underset{B'_{n+2}}→ S'_{n+2} \underset{B'_{n+3}}→ S'_{n+3}\)

分散合意アルゴリズム

ノード間の衝突を解決するアルゴリズム。

完璧なアルゴリズムは存在しない[FLP85]が、
Paxos や Raft など実用上問題ないアルゴリズムがある。

  • 衝突はノード間多数決投票で解消
  • ただし、固定されたノードからなる閉じたネットワークでしか動作しない

オープン・ネットワーク

誰もがノードを立て参加できる
パーミッションレスな分散DBネットワーク:

  • 中央管理者がいない
  • 中立で改竄が非常に難しい
  • 低コスト

オープン・ネットワークでの合意問題

シビル攻撃

閉じたネットワークでの合意形成アルゴリズムは動作しない。

オープン・ネットワークではアカウントをいくらでも作れる。 票数水増しにより合意形成の操作と妨害ができてしまう。

サトシ・ナカモトとBitcoin

シビル攻撃(票数水増し)を不可能にする難しくする:

  • 投票にはDB外の有限リソースである計算能力を要求
  • トークン報酬: リソースを提供し正直に行動することを奨励する
  • トークンはDB上で管理

換金性のあるトークン → 暗号通貨の誕生

暗号通貨は非中央集権分散DBのシビル攻撃への解

スマートコントラクト

汎用DBだからプログラムを置くこともできる

  • アカウントにコードを紐づける
  • アカウントにデータを送(金す)るとコードが動き出す
  • コードによるDBの変更や更なる送金

契約の自動執行が可能 (Non native tokens, 分散型交換所(DEX), etc)

ブロックチェーンでの形式検証の意義

金銭的価値の貯蔵手段となったブロックチェーン。
バグ、セキュリティーホールは価値の喪失や窃取につながる。

ハッキングによる窃取が発生した場合、被害回復は非常に難しい:

  • 犯人特定が難しい (KYC/AML などはあるが)
  • 非中央集権のため、窃取を取り戻すことも難しい
  • Code as constitution: 「バグも仕様」という考え方

バグの無い事が非常に求められる。テストだけでは不十分

ヘッジファンド、投資銀行での形式検証

投資銀行などでもバグは大きな金銭的損失を引き起こす。

が、一回り昔、自分の周辺では形式検証が使われているという話はなかった。(個人の感想です)

  • 検証の時間コストが大きすぎ、仕様変更に追いつかない。
    (コストの低い静的型は大好き)
  • 中央集権のため比較的対処しやすい
  • 銀行内で使うクローズドソース内製品のバグを外部から突くのは難しい

ブロックチェーンは OSS でなければならない

  • 最終責任者はいない: 公開コードが正義
  • 誰でもノードを立ち上げ、ブロックを実行、確認できなければならない
    • ノード実装
    • スマートコントラクト

価値を扱う OSS は攻撃者の格好の標的。
テストでは不十分で、形式検証でバグを極力なくすべき。

とはいえ、形式検証が大いに使われているわけでもなく、
毎年多額の被害が発生している

弊社にとって別の意味で大変です😩

Tezos の特徴

  • OCaml による実装。形式検証を重視
  • Proof of Stake
  • オンチェーン・ガバナンス
  • スマートコントラクト (Michelsonスタックマシーン)

Tezos と OCaml

開発速度と安全性のバランスから OCaml を選択

  • 静的型システム
  • 金融システム実装での使用例
  • 形式検証しやすさ (Coq, F\(*\))

Proof of Stake

分散環境での合意形成に使われる、複製できない「投票権」として 計算資源(Proof of Work)ではなく、ステーク(チェーン上に保有するトークン量)を使用。

計算資源を浪費しないのでエネルギー効率が良い:

  • Tezos: 0.001 TWh (PwCしらべ)
  • Ethereum: 26 TWh
  • Bitcoin : 130 TWh

PoW は最近特に風当たりが強い ,

オンチェーン・ガバナンス

プロトコルのアップグレード案をチェーン上の投票で承認する

  • ステークに比例した投票権
  • 二段階投票
    • 複数の案から一件を選ぶ投票
    • 選ばれた案を実際に採用するか投票

ステークホルダが理解できない機能は否決される。
約3ヶ月に一度のプロトコルアップグレード。忙しい。

メリハリが大切: 形式検証するべき vs テストで済ますべき

Tezos 検証事例

  • スマートコントラクト
  • シェル(ネットワーク、ストレージ、暗号、etc)
  • プロトコル(合意形成、経済プロトコル、スマートコントラクト)

Tezos スマートコントラクトの検証

検証活動が一番盛んだと思われる

  • 参入障壁が低く、質の悪いコードがあると思われる
  • ブロックチェーンの他の構成要素と比較して、プログラムは非常に短い

ハックしやすく、検証しやすい

スマートコントラクト

Michelsonスタックマシーン

  • ブロックの検証時間に上限を課すため計算量を測る必要がある

言語自体を安全に、検証しやすく:

  • 静的型付き純粋関数型:
      param * storage -> tx list * storage
  • エラーハンドリング
    • option, result (Either)
    • 例外が発生すると tx 全体が失敗
  • コンテナ型: list, set, map
  • 任意精度整数
  • Tail recursion (LOOP)

Michelson プログラムの形式検証

  • Mi-Cho-Coq: Michelson の Coq モデル
  • Helmholtz: Michelson + 篩型
  • K-Michelson: K framework による Michelson モデル化

Mi-Cho-Coq

Michelson の Coq モデル。

  • Michelson opcode はそのままコンストラクタになっていて、Coq 中で Michelson プログラムを自然に書ける。
  • Dependent inductive type を使って well-typed な Michelson しか書けない。
  • 評価器による意味論の定義。LOOP によって停止しない事を避けるため、評価器に 再帰呼び出し上限 fuel を設定。

例: boomerang

Helmholtz

Michelson + 篩型

詳しくは、この後の

“Helmholtz: A Verifier for Tezos Smart Contracts Based on Refinement Types”

を。

高級言語から Michelson へのコンパイル

内部は純粋関数型

副作用バリバリの「普通の」プログラム (ex. Python) から Michelson へのコンパイルは難しい…

Archetype

コントラクトの不変条件や事後条件を記述できる

トークン実装での条件例:

# トータル発行量は変化しない:
specification {
  s1: ledger.sum(tokens) = totalsupply;
}
#自分自身に送金する場合、状態は変わらない
postcondition transfer_p3 {
    %from = %to -> ledger = before.ledger
  }

これらの証明すべき条件を Why3を通して抽出し、 自動証明や証明支援系で証明する。

ConCert

Coq でスマートコントラクトを書いて、Michelson に持っていく

  • Mi-Cho-Coq と違って高級言語で書ける
  • MetaCoq を使って LIGO や Rust に extraction
    • Tezos の場合は LIGO に落としてそこから Michelson へコンパイル
    • LIGO は単相型なので苦労があるようです

Contract interaction テストが可能

  • コントラクトは一回呼び出されて終わりではなく、storage が更新され、繰り返し呼び出される
  • QuickChick を使った連続呼び出し時の random property test を提供

コンパイラの正しさの証明(をしたい)

Mechanized verification of the LIGO compiler

さすがに時間がかかりそう…

(形式検証による正しさ証明とは比べるべくもないが、
コンパイラ実装が間違っていると出力 Michelson の型エラーとして現れることが多い。 その点は楽。)

スマートコントラクトの検証: まとめ

いろいろ道具立てはある。

  • コントラクト単体の functional correctness の証明はやれば、できる
  • (もちろん、やらないと、できない)

これからは contract interaction

Spec が抜けていれば…証明されない!!,,

  • 細かい spec を網羅することは難しい
  • ざっくりとした spec からヤバそうなモノを見つけて欲しい
    (そんなことできるのか)

Tezos シェルコードの検証

暗号ライブラリ HACL\(*\)

NaCl互換の暗号ライブラリ。F\(*\)で安全性が検証されている:

  • Memory safety
  • Functional correctness
  • Secret independence (タイミング攻撃耐性)

F\(*\) のサブセット Low\(*\) で書かれている。 KreMLin を使って C にコンパイル。

“Context” ストレージ・サブシステム

ブロックチェーン状態ためのファイルシステム

Merkle Patricia Tree を利用

  • 純粋関数型データ型
  • Append-only file system
  • Treeの各ノードは Merkle hash H(n) を持つ
    • H(File(\(v\))) = h(0 || \(v\))
    • H(Internal(\(l_L\), \(n_L\), \(l_R\), \(n_R\))) =
          h(1 || \(l_L\) || H(\(n_L\)) || \(l_R\) || H(\(n_R\)))
    • H(Directory(\(n\))) = H(\(n\))

実装が間違っていると、ブロックチェーン状態がおかしくなる!!

Merkle Patricia Tree

このままでは各ノードのディスク上のデータ幅が違いすぎる

Plebeia Tree

最適化: Internal を Branch と Extender に分け、幅をそろえる

Plebeia Tree の不変条件

最適化のため不変条件が複雑化

  • 木の形: 例: Extender の下に Extender はこない
  • Hash 計算された node の子供は hash 計算されている
  • ディスクに保存された node の子供はディスクに保存されている
  • 木の操作に Zipper を使うため同様の不変条件が Zipper にも

OCaml で書かれた木の操作が不変条件を保存する事を F\(*\) で証明(論文)。

Plebeia: Merkle hash 衝突バグ

初期の Plebeia Merkle hash 計算:

  • H(File(\(v\))) = ( h(0 || \(v\)), "" )
  • H(Directory(\(n\))) = H(\(n\))
  • H(Branch(\(n_l\), \(n_r\))) = ( h(1 || H(\(n_l\)) || H(\(n_r\))), "" )
  • H(Extender(\(l\), \(n\)) = ( fst (H(\(n\))), \(l\) )

Hash consing のランダムテストでデータが壊れた:

H(Extender(\(l\), File(\(v\))))
= H(Extender(\(l\), Directory(Extender(\(l\), File(\(v\))))))

Plebeia: Merkle hash 衝突修正

修正版:

  • H(File(\(v\))) = ( h(0 || \(v\)), "" )
  • H(Directory(\(n\))) = ( h(2 || H(\(n\)) ), "" )
  • H(Branch(\(n_l\), \(n_r\))) = ( h(1 || H(\(n_l\)) || H(\(n_r\))), "" )
  • H(Extender(\(l\), \(n\)) = ( fst (H(\(n\))), \(l\) )

修正版の正しさを Coq で証明:

  • Node の型と Merkle hash計算をモデル化
  • (嘘だけれども)hash関数(文字列 → hash)の単写性を仮定
  • Merkle hash計算の単写性を証明: \(n_1 \neq n_2 \Longrightarrow H(n_1) \neq H(n_2)\)

Tezos プロトコルコードの検証

Coq Tezos of OCaml

Tezos のプロトコルコードの正しさを証明していくプロジェクト

OCaml コードを Coq コードに変換する coq-of-ocaml を使用。

Serialization の正しさ
 type t = {x : int; y : int}
 let t_encoding = 
   conv (fun {x; y} -> (x, y)) 
        (fun (y, x) -> {x; y})  (* bug *)
        (tup2 int int)
Storage の正しさ
ブロックチェーン状態をメモリ上で現し、その変更と、プロトコルの実際のストレージ・サブシステムへの読み書きが一致する事を証明
Mi-Cho-Coq での Michelson モデル化の正しさ
プロトコルコード内の Michelson 実装を coq-of-ocaml で
Coq に連れてきて比較

現在の Tezos 合意アルゴリズム Emmy*

Nakamoto consensus に基づくアルゴリズム。
確率的 finality: ブロックが作られても後で別のブランチに覆される可能性がある(確率は指数関数的に減るが)。

         \(↗︎\stackrel{B_{n+1}}→ S_{n+1}\) 😢

\(.. \stackrel{B_{n-1}}→ S_{n-1} \stackrel{B_{n}}→ S_{n}\)

         \(↘︎\underset{B'_{n+1}}→ S'_{n+1} \underset{B'_{n+2}}→ S'_{n+2} \underset{B'_{n+3}}→ S'_{n+3}\)

次期 Tezos 合意アルゴリズム Tenderbake

BFT consensus に基づく合意アルゴリズム(3/18ころ切替)
確定的 finality: 一度ブロックがチェーンに付け加えられると覆されることはない。

Tenderbake には正しさの手証明はある。 機械証明に向けて TLA+ を使ったモデル化がされている。

TLA+ を使い、Tezos ネットワークに参加したばかりのノードが正しく現在のネットワークのブロックチェーン状態に追いつくことの検証も行っている。

これでもまだ全部抑えていない

カバーしていない検証事例がまだあります:

    Nomadic research seminar

をご覧ください

結論

ブロックチェーンは非中央集権オープンネットワークDB

動作のため金銭的価値のあるトークンを扱う宿命

OSSで価値を扱うため形式検証してバグを無くしたい

Tezos では全レイヤで形式検証を頑張っている

  • それでも全然証明が追いついていない…
  • 実装、テスト、静的型、形式検証、うまくバランスを取っていきたい